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空き時間に仕事を詰め込んでいませんか?医師のための“後悔しない時間の使い方”

ライフスタイル

皆さん、こんにちは。日々の診療、研究、自己研鑽と、目まぐるしい毎日を送られていることと思います。
ふとカレンダーに「空き時間」を見つけたとき、先生はどうされていますか?

「お、この日ならバイトに行けるな」
「溜まっているデスクワークを片付けるチャンスだ」
「せっかくだから、時間外のコマを担当しようか」

このように、「空き時間=仕事」で埋めることが、いつの間にか習慣になってはいないでしょうか。

医師という職業は、専門性の高さから比較的時間あたりの報酬が高い傾向にあります。アルバイトや当直の求人も見つけやすく、「空いている時間があるなら、働いた方が合理的だ」と感じやすい環境にあるのは事実です。時給換算すると、数時間働くだけでまとまった収入になる。その「うまみ」を知ってしまうと、空き時間をただ休むことに、どこか罪悪感や「もったいない」という感覚を覚えてしまう…そんな先生も少なくないのではないでしょうか。

しかし、その「空いたら仕事」というサイクルが当たり前になったとき、私たちは本当に大切な何かを見失ってはいないでしょうか? 収入は増えるかもしれませんが、人生の豊かさは、お金だけで測れるものではありません。過ぎ去った時間は、どんなにお金を積んでも買い戻すことはできないのです。

今回の記事では、私自身の経験や周囲の医師たちの声、そして人生における時間の使い方について深い洞察を与えてくれる2冊の本、ビル・パーキンス著『Die with Zero 人生が豊かになりすぎる究極のルール』とミヒャエル・エンデ著『モモ』をヒントに、医師にとっての「後悔しない時間の使い方」について、改めて考えてみたいと思います。

若い医師ほど、「今しかできないこと」を後回しにしがち

特にキャリアの初期段階にある若い医師ほど、「今はとにかく仕事に集中する時期だ」「スキルアップのため、経験を積むため、そして将来のために稼げるうちに稼いでおこう」と考えがちです。遊びや趣味、旅行などは「もう少し落ち着いてから」「もっとお金が貯まってから」と、後回しにしてしまうケースが多いように感じます。

もちろん、若いうちにしかできない努力や経験があることは否定しません。集中して知識や技術を吸収し、医師としての土台を築くことは非常に重要です。しかし、同時に忘れてはならないのは、「若さ」という、それ自体が非常に価値のある資産にも、限りがあるという事実です。

考えてみてください。有り余るほどの体力、尽きることのない好奇心、そして(ある程度の)自由な時間。この3つがバランス良く揃っている時期は、人生においてそう長くはありません。

「今は仕事、遊びはあとで」と考えていても、いざ「あとで」時間ができたときに、若い頃と同じようにアクティブに動ける体力、新しいことに挑戦しようという気力、そして一緒に楽しんでくれる仲間が、必ずしも揃っているとは限りません。

バックパック一つで海外を放浪する旅、徹夜で語り明かす友人との時間、体力勝負のスポーツやアクティビティへの挑戦、情熱を傾けられる趣味への没頭…。これらは、お金があっても、時間ができても、「その時」でなければ最高の形で味わうことが難しいものです。

「今は我慢して、将来のために備える」という考え方は、一見堅実に見えます。しかし、その「将来」が来たときに、本当にやりたかったことを心から楽しめる保証はどこにもないのです。人生の時間は有限であり、特に若さというエネルギーに満ちた時間は、驚くほど早く過ぎ去っていきます

『Die with Zero』が教えてくれる「体験の最適なタイミング」

ここで、ビル・パーキンスの著書『Die with Zero』の考え方を紹介したいと思います。この本の核心的なメッセージは「ゼロで死ね(Die with Zero)」、つまり、死ぬときにお金を残さないように計画的に使い切ろう、というものです。

これは単なる浪費のススメではありません。パーキンスが本当に伝えたいのは、お金を「人生を豊かにする経験」に変えることの重要性であり、そしてその経験には「最適なタイミング」があるということです。

彼は、経験から得られる喜びや満足感を「思い出の配当」と呼びます。若い頃にした忘れられない旅行の思い出は、年を重ねてからも何度も心の中で反芻され、人生を豊かに彩ってくれます。これは、株式投資における配当金のようなものだ、というわけです。そして、この「思い出の配当」を最大化するためには、適切な時期に経験への投資を行う必要があるのです。

例えば、体力が必要なアクティビティ(登山、サーフィン、長距離サイクリングなど)は、体が動く若いうちにしておくべきです。子どもが小さいうちに家族旅行に行く経験は、その時期でしか得られないかけがえのない思い出になります。友人と朝まで語り明かすような時間は、お互いに時間的な制約が少ない若い時期の方が持ちやすいでしょう。

パーキンスは、「多くの人が、老後にお金を使うことばかり考えて、人生の早い段階で経験にお金を使うことをためらいすぎる」と指摘します。しかし、リタイアしてからでは、体力的な衰えや健康上の問題で、若い頃にやりたかった経験ができなくなっている可能性が高いのです。

医師のように、比較的高い収入を得やすく、その気になればいくらでも働けてしまう職業の人こそ、この『Die with Zero』の考え方を意識する必要があります。単に「時間をお金に変える」だけでなく、意識的に「お金を経験に変える」こと、そしてその「タイミング」を逃さないことが、人生全体の満足度を高める鍵となるのです。

今の自分にとって、最も価値のある経験は何か? それは、いつやるのが最適なのか? そして、その経験のためにお金と時間を使うことを、ためらっていないか? 一度立ち止まって考えてみる価値は、大いにあるはずです。

『モモ』に学ぶ、“時間どろぼう”の正体とは?

次に、ミヒャエル・エンデの名作児童文学『モモ』の世界を見てみましょう。この物語には、「時間貯蓄銀行」からやってきた灰色の男たちが登場します。彼らは人々に「時間を節約すれば、将来もっと豊かになれる」と囁き、人々から時間を奪っていきます。

時間を「節約」するために、人々は無駄を徹底的に省き始めます。おしゃべりをやめ、歌うのをやめ、ゆっくり散歩するのをやめ、ただ効率的に働くだけの毎日を送るようになります。街からは彩りが消え、人々は笑顔を忘れ、どんどん無表情で無気力になっていく…。

この物語は、現代社会に対する痛烈な風刺として読むことができます。私たちを取り巻く「時間どろぼう」は、灰色の男たちのように目に見える存在ではないかもしれません。しかし、過度な効率主義、生産性へのプレッシャー、常に何かに追われているような感覚、情報過多による集中力の散漫などは、まさに現代の「時間どろぼう」と言えるのではないでしょうか。

特に、スマートフォンやSNSの普及は、私たちの「時間の質」を大きく変えました。常に誰かと繋がっていなければならないという強迫観念、次々と流れてくる情報に反応し続けることによる疲弊…。気づけば、私たちは細切れの時間を埋めることに必死で、「ただそこにいる」「今この瞬間を味わう」という、人間本来の豊かさを見失いがちです。

もちろん、医師の仕事において、効率性は非常に重要です。限られた時間の中で多くの患者さんを診察し、迅速かつ正確な判断を下すためには、無駄を省き、効率的に動くスキルが求められます。

しかし、その「効率のための時間管理」が、プライベートな時間や、人間関係、自分自身の心のケアまでをも侵食していないでしょうか? 仕事の効率化と、人生の豊かさは、必ずしもイコールではありません。

モモ』の物語は、私たちに問いかけます。あなたは、時間を節約することに夢中になるあまり、人生で本当に大切なもの、つまり、人との温かいつながり、遊び心、創造性、そして「ただ生きている」ことの喜びを、失ってはいないだろうか?と。

時には、効率や生産性から離れて、あえて「無駄」な時間を過ごすこと、何もしない時間を持つことが、かえって私たちの心を豊かにし、人間らしさを取り戻させてくれるのかもしれません。

医師という仕事がもたらす「空き時間=労働」マインド

さて、話を再び医師の働き方に戻しましょう。なぜ、医師は「空き時間=仕事」というマインドに陥りやすいのでしょうか。その背景には、やはり医師特有の労働環境があります。

  • 容易に見つかる追加の仕事: 週1回の外来バイト、当直アルバイト、健診業務、産業医業務など、専門性を活かせる追加の働き口が比較的容易に見つかります。
  • 魅力的な時間単価: 専門性の対価として、時間あたりの報酬が高い傾向にあります。「この数時間働けば、これだけの収入になる」という計算がすぐにできてしまうため、「休む=収入を得る機会を逃す」という感覚(機会損失)に繋がりやすいのです。
  • 断りにくい状況: 人手不足の職場では、「先生、この日お願いできませんか?」という依頼を断りづらい雰囲気があるかもしれません。同僚との関係性や、責任感から、つい引き受けてしまうこともあるでしょう。
  • 「忙しさ」への慣れ: そもそも多忙な日常に慣れてしまっているため、空き時間があると、かえって落ち着かなくなり、何かをしていないと不安になる、という心理も働くかもしれません。

これらの要因が複合的に絡み合い、「空き時間があれば働く」という選択が、半ば自動的になされているケースは少なくないと感じます。

もちろん、経済的な理由や、特定のスキルを維持・向上させたいという目的があって、意識的に追加の仕事を入れること自体は、決して悪いことではありません。問題なのは、その選択が、本当に自分の意志に基づいたものなのか、それとも単なる慣性や、「もったいない」という感覚に突き動かされた結果なのかという点です。

目先の数万円、数十万円の収入と引き換えに、私たちは何を失っているのでしょうか? 家族と過ごす時間、パートナーとのデート、友人とのおしゃべり、趣味に没頭する喜び、ゆっくりと心身を休める時間、新しいことを学ぶためのインプットの時間…。これらは、お金には換算できない、人生の彩りであり、基盤となるものです。

「今週も忙しかった」「全然休みがなくて」と、忙しさを語ることが、どこか医師としてのステータスのように感じられる風潮も、もしかしたらあるかもしれません。しかし、その忙しさの積み重ねの先に、本当に望む人生があるのでしょうか? “記憶に残る日々”が、ただ働いた記憶だけで埋め尽くされていくとしたら、それは少し寂しいことではないでしょうか。

「死ぬときに後悔しないか?」で選択肢を考えてみる

では、私たちは日々の選択において、どのような基準を持てば良いのでしょうか。ここで有効なのが、「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを本当にやりたいだろうか?」と自問することです。これは、故スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチでも有名になった問いかけです。

もちろん、毎日が人生最後の日であるかのように生きるのは現実的ではありません。しかし、人生における重要な選択、例えば、

  • 新しい仕事のオファーを受けるか、断るか
  • 結婚やパートナーシップについてどう考えるか
  • 大きな買い物をするか、しないか
  • 家族や友人との時間をどう作るか
  • 勇気を出して、やりたくないことを断るか

といった場面において、この「死ぬときに後悔しないか?」という問いは、非常にパワフルな判断基準となり得ます。

私たちは、目先の利益や損失、他人の評価、世間体といったものに、判断を左右されがちです。しかし、人生の最期に振り返ったとき、本当に大切だったと思えるのは、おそらくそうしたものではありません。

  • どれだけお金を稼いだか、よりも、どれだけ心に残る経験をしたか
  • どれだけ効率的に仕事をこなしたか、よりも、どれだけ愛する人たちと豊かな時間を過ごせたか
  • どれだけ周りに認められたか、よりも、どれだけ自分自身に正直に生きられたか

この「死ぬときに後悔しないか?」という視点を持つことで、私たちは短期的な損得勘定(収入や効率など)ではなく、長期的な人生の充実度という、より本質的な価値基準で物事を判断できるようになります。

それは時に、「収入が減るかもしれないけれど、家族との時間を優先する」「周りから反対されるかもしれないけれど、本当にやりたいことに挑戦する」「今は休むべきだと判断し、仕事を断る勇気を持つ」といった、これまでの自分ならしなかったかもしれない選択につながる可能性があります。

「やらなかった後悔」は、「やった後悔」よりも長く、深く心に残ると言われます。この問いを胸に刻むことで、私たちはより後悔の少ない、自分らしい人生を歩むための一歩を踏み出すことができるはずです。

空き時間は、“人生の余白”として使おう

今回の記事では、医師が陥りやすい「空き時間=仕事」という思考パターンについて、そして『Die with Zero』や『モモ』といった書籍の知見を借りながら、「後悔しない時間の使い方」について考えてきました。

結論として、私たちが目指すべきは、空き時間を単なる「労働のための時間」や「埋めるべきスキマ」として捉えるのではなく、「人生を豊かにするための余白」として、意識的に活用することではないでしょうか。

もちろん、生活のため、将来のために働くことは大切です。しかし、それだけが人生のすべてではありません。空いている時間に、「あえて働かない」という選択をする勇気を持つこと。そして、その「余白」の時間を使って、

  • 大切な人と過ごす
  • 心から楽しめる趣味に没頭する
  • 新しい知識やスキルを学ぶ(仕事以外のことでも!)
  • 自然の中でリフレッシュする
  • ただ、何もしないでボーっとする

といった、「お金のため」ではない活動に時間を使うこと。これこそが、「空き時間で稼ぐ」のではなく、「空き時間で生きる」ということなのだと思います。

医師という職業は、確かに多忙で責任も重いですが、一方で、経済的な安定性や、ある程度の時間的な裁量権(働き方を選べる可能性)を持っている場合も少なくありません。そのアドバンテージを活かして、「時間とお金のバランス」を意識的に設計し、自分にとって最も価値のある人生を追求することは、十分に可能なはずです。

常に時間に追われ、効率ばかりを気にする『モモ』の灰色の男たちのような生き方から抜け出し、『Die with Zero』が示すように、人生の各ステージでしか得られない貴重な経験を大切にする。そして、「死ぬときに後悔しないか?」という問いを羅針盤として、日々の選択を行っていく。

そうすることで、私たちは医師としてのキャリアを充実させながらも、一人の人間として、より豊かで、後悔の少ない人生を送ることができるのではないでしょうか。


補足:こんな行動から始めてみませんか?

いきなり大きな変化を起こすのは難しいかもしれません。まずは、小さな一歩から始めてみませんか?

  • 月(あるいは週)に1回、「絶対に仕事を入れない休日」を先にカレンダーにブロックする。 予定が入ってから考えるのではなく、先に「余白」を確保するのです。
  • 何か新しいことを始めようか迷ったとき、あるいは何かを断ろうか迷ったとき、「これは(将来振り返ったときに)良い思い出になるだろうか?」と自問してみる。
  • お金を使う際に、「支払った金額」だけでなく、「それによって何を得られたか(特に、記憶や経験として何が残ったか)」を意識してみる。

これらの小さな習慣が、先生の時間の使い方、そして人生そのものを、より豊かに変えていくきっかけになるかもしれません。応援しています。

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