医師として医局を離れ、転職してから3年が経ちました。医局にいた頃は、まさか自分が転職という選択肢を本気で考え、実行に移すとは思っていませんでした。しかし、実際に転職をしてみると、当初抱えていた不安や期待とは違う「想定外」の連続。結果的に、それらをどう受け止めるかで転職後の満足度も大きく変わってきたと感じます。
この3年を振り返ってみて、改めて実感しているのは「自分自身をよく知ること」の大切さ。たとえば、自分が何にストレスを感じるか、何を優先したいのか、どんな価値観を大事にしているのか……こういった“自己理解”が足りないまま転職に踏み切ると、その後のキャリア形成において後悔や戸惑いが大きくなるのではないかと思います。
本記事では、私が実際に医局を離れてから経験した具体的なエピソードを交えながら、「転職において本当に大切だったこと」について詳しくお伝えします。転職当初の不安や期待、転職後に感じた想定外のこと、そして自分をよく知ることがいかにキャリア選択を広げてくれるか。もし、現在転職を考えている方や、今後のキャリアについて悩んでいる医師の方がいれば、少しでも参考になれば嬉しいです。
転職を考えたきっかけと決断
「このままではいけない」と感じた瞬間
私が最初に「このままではいけない」と強く感じたのは、子どもが産まれたばかりの頃でした。医局での働き方はどうしても長時間勤務になりがちで、家に帰っても疲れ果てていることが多かったのです。子どもの成長はあっという間に進んでいくのに、その大切な時間をほとんど共有できずにいる自分に気づいたとき、「本当にこれでいいのだろうか?」という疑問が湧きました。
特に、子どもが初めて自分の足で立った瞬間を目撃できなかったことは、個人的にショックが大きかった。ある日、妻から送られてきた動画を見ながら「なんで自分はこの大事な瞬間に一緒にいられなかったんだろう」と落ち込んだんです。そのタイミングでようやく、「子どもの成長は止められない。今しかない時間をもっと大切にしたい」と強く思うようになりました。
医局時代に抱えていた問題
もちろん、医局の環境がすべて悪いというわけではありません。しかし、当直やオンコールが頻繁にある中で、家族との時間を十分に確保するのは簡単ではありませんでした。加えて人間関係のしがらみなど、医局独特のルールや上下関係に窮屈さを感じることも正直ありました。そこで私の中で大きくなったのが、「このまま医局にいても自分の理想とする働き方は難しいのではないか?」という疑問でした。
転職を決意するまでの葛藤
転職を決断するまでには、やはりかなりの葛藤がありました。医師としてのキャリアを積む上で、医局に籍を置き続けることには多くのメリットがあります。症例も集まりやすいですし、先輩や同僚との横のつながりもある。学会発表の機会も得やすいでしょう。そうしたメリットを捨てることに躊躇がなかったわけではありません。
ただ、最終的に「どんな働き方を求めているのか?」を突き詰めた結果、「家族との時間を優先しながら、自分のペースで医療に携われる環境が欲しい」という思いが勝りました。転職すれば本当に解決できるのか、もしかしたら違う問題が出てくるかもしれない――そんな不安はありましたが、それでも自分にとっての最優先事項がはっきりしていたからこそ、転職を決断できたのだと思います。
転職後に感じた「想定外」
実際に転職してみて気づいた予想外の点
転職先は、週4日勤務かつ当直・待機なしという条件をまず掲げて探しました。しかし、いざ入職してみると想定外の業務依頼があったり、これまでの職場とはまったく異なる文化に戸惑ったりもしました。医療機関にはそれぞれ独自のルールや「暗黙の了解」がありますよね。これまでの常識が通用しない場面で、最初の数ヶ月は少しストレスを感じることもありました。
また、転職先では「あなたのスキルを期待しているからこそ、こんな業務もお願いしたい」という打診を受けることもありました。それ自体はありがたいことですが、自分の中で想定していなかった業務内容だと当初の「これなら家庭と両立できる」というシミュレーションが崩れることも出てきます。そういう意味で、転職すればすべてがうまくいくわけではないという現実を痛感しました。
良かったこと、逆に思い通りにいかなかったこと
一番良かったのは、やはり家庭との時間を確保できるようになったことです。これは私にとって転職の最大の目的だったので、大きな成功と言えます。子どもとの時間をしっかり持てるようになったことで、家族関係もより良好になり、精神的にも余裕が生まれました。その余裕は医療以外の新しい趣味を見つける余地を与えてくれたり、さらなるキャリアアップを考えるきっかけにもなりました。
一方、思い通りにいかなかった部分としては、条件交渉で「ここまでは折れられない」と思っていた点を譲った結果、結局その後のストレスになったことがありました。転職先を探すとき、すべての条件を完璧に満たしてくれる職場は滅多にありません。だからこそ譲るべき点と譲れない点をきちんと仕分けしておかないと、あとで「あの時はなんで妥協してしまったんだろう」と後悔することがあるわけです。
転職直後に感じた「環境の変化」による戸惑い
医療機関に限らず組織にはそれぞれの空気感があり、特に病院ともなれば文化の違いは大きいです。医局時代には当たり前だったことが、転職先ではまったく通用しない。または逆に、転職先で常識とされていることが、自分にとっては初めての体験であることもあります。こういったギャップには、ある程度心の準備が必要だと感じました。
転職前にやっておくべき「自己分析」
転職してみて強く感じたのは、「事前にもっと徹底した自己分析をしておけばよかった」ということです。私自身、家庭の事情を最優先にすることである程度は方向性が定まっていましたが、そのほかの条件については深く考えずに勢いで進めてしまった部分もありました。そこで、私が今振り返って「やっておけばよかった」と感じる自己分析のステップをお伝えします。
① 自分が抱えている問題、解決したい問題を明確にする
たとえば「医局のしがらみがストレス」「労働時間を減らしたい」「収入をアップさせたい」など、自分が本当に解決したいと思っている課題は何かを具体的に洗い出すことです。私の場合は「家族との時間不足」が最大の課題でしたが、これを明確にしておくことで、転職先を選ぶときの基準がはっきりしました。
② 絶対に譲れない条件を考える
仕事を選ぶ上で、「ここだけはどうしても譲れない」という条件をしっかり決めるのは非常に大切です。私は「週4日勤務」「当直・待機なし」を第一優先に設定しました。もちろん、収入面も大切ですが、そこは二の次にすることで候補の幅を広げました。すべてを同じ優先順位で考えると、条件に合う職場を見つけること自体が難しくなります。
③ 自分の得意なこと・苦手なことを理解する
転職して初めて気づいたのですが、私は病棟業務がかなりストレスになっていました。PHSで呼び出されるときの独特のプレッシャーや、イレギュラーな事態への対処が苦手だったのです。こういった自分の得手不得手をきちんと棚卸ししておくと、転職先の業務内容を吟味するときにも役立ちます。
④ 自分が提供できるスキルを整理する
医師としての専門性はもちろん、産業医としての経験やマネジメント能力など、どのような強みを持っているかをあらためて言語化してみると、自分の市場価値や転職先でのアピールポイントがはっきりします。面接時の交渉材料にもなりますし、雇用側に「この人なら即戦力になりそうだ」と思ってもらいやすくなります。
⑤ 将来的なキャリアビジョンを描く
最後に、最終的にどんな働き方をしたいのか、あるいはどのような事業を手がけたいのかといった未来像を考えることも大切です。私の場合、現在は属人的な業務をメインで行っていますが、将来的には手離れできる事業にもチャレンジしてみたいと考えています。そういったビジョンがあれば、転職先を選ぶ際にも「将来こういう形でキャリアを築きたいから、この機能を持っている病院(クリニック)を選ぼう」といった判断が可能になるでしょう。
「自己理解」がキャリアの選択肢を広げる
転職を経験して実感したのは、「自分を適切に言語化できる人は強い」ということです。転職市場で自分の要望を交渉する際、また面接でアピールする際も、「自分はこれが得意で、ここには譲れない軸がある」という明快な言葉を持っているかどうかで相手の受け取り方は大きく変わります。
同時に、「自己分析をしっかりする=転職後の満足度が高い」とも言えるでしょう。なぜなら、自分が求めているものを明確にして転職活動をすれば、入職後のイメージギャップが少なく済むからです。たとえギャップがあったとしても、「自分はここが苦手だけれど、ここが強み」という認識がはっきりしていれば、方向修正もしやすくなります。
キャリア選択は環境を変えることだけが大切なのではなく、自分を深く知って、その自分に合う環境をどう探すかが本質なのだと感じます。つまり、「職場探し」と同じくらいか、それ以上に「自己理解」に時間をかけるべきだということです。
まとめ
こうして振り返ると、医局から離れて転職して3年が経過した今、当初の私には見えていなかった数多くの気づきがありました。その中で最も大きいのは、「本当に大切なのは『自分を知る』こと」という点です。転職はゴールではありません。むしろ新たなキャリアのスタートです。だからこそ、どんな働き方を望むのか、どんな家族との時間を大切にしたいのか、そして自分の得意分野や将来のビジョンは何かといった自己分析を怠らないことが重要なのだと痛感しました。
私自身、医局を飛び出してみて初めて手に入れた時間と余裕で、家族と過ごす豊かな日々を大切に感じるようになりました。そのおかげで心身のバランスも整い、新しいことにチャレンジする意欲も生まれています。2〜3ヶ月に一度は家族と旅行へ行くようになりましたし、新しい学会やオンラインコミュニティに参加して勉強の幅を広げる楽しさも味わっています。
もし過去の自分にアドバイスできるなら、「自分の人生だからこそ、自分勝手に動いていいんじゃないか」と言いたいです。「医師としてのキャリアはこうあるべき」「医局を辞めるなんて…」といった固定観念に縛られず、自分が理想とする働き方や生き方を素直に追求してみてもいいのではないでしょうか。人生のステージや価値観は人それぞれです。誰かの成功モデルをまねるより、まずは自分を理解して言語化し、その上で環境を選ぶこと。それが、転職後の人生を豊かにするための最大のカギだと私は考えています。
転職は確かに大きな決断ですが、決して「逃げ」ではなく、自分に合った環境を探すための大切なステップです。自分を知り、言葉にできるようになればなるほど、医師としてのキャリアの可能性も広がっていくはず。この記事が、これから転職を考えている方やキャリアに迷っている方の一助となれば幸いです。私自身、まだまだ模索しながらの道のりですが、同じように悩みを抱える方々とともに情報を共有しながら成長していけたらと願っています。


